暖かい音。

日本橋の以前から気になっていた真空管オーディオの専門店のドアを押した。今となっては日本橋で僕の知る限り真空管のオーディオ専門店はここだけになってしまった。店内には60過ぎの親父さんが一人。修理中の真空管のアンプや真空管のパーツ、自作スピーカーが雑然と所狭しと置かれている。僕はここにデジタル臭い音をどうすれば暖かいアナログの音にできるか、その答えを探しに訪ねてきた。昨今、インターネットで検索すればそんな答えはたちどころにヒットするけれどもやはり「生の声」を聞くことは興味深い。親父さんはこう言い切った。「所詮、最終的にはスピーカーの紙を振動させて鳴らす。そんな曖昧なものが音なのです」そして「レコーディング時にいくらアナログ音で制作してもその成分はCDにした時点で残ってはいない。音が水として、1パーセントの青酸カリが入っている水と15パーセントの砂糖が入っている水、どちらが不純な水かと言えば15パーセントの砂糖が入った水なんですよね」。アナログの成分はスペック的に音を語る時、それは不純なものでしかない。「アナログの暖かみというのはつまり歪みなワケです。まぁ、その歪みがヒドイのは故障ですけど」と淡々と親父さんは語って聞かせてくれた。僕は親父さんのアドバイスを聞きながら「極端」というキーワードを思いついた。それは言い換えればデジタルのアナログ風味というべき音だ。ダイナミックレンジが失われても聴いて気持ちよければそれでよし。うん、やってみよう。
peace